ハチミツと蜜蝋の収穫


 憂鬱な季節となった。まもなく最も忙しい6月が来てしまう。とてもありがたい事だが、6月は体力・気力がレッドゾーンに至るほど働かなければならない過酷な月なのだ。
 毎日午前中は、実家のハチミツ収穫の手伝い。午後は、収穫したミツバチの巣の精製。それが終わると蜜ロウソクの製造。ジューンブライドの結婚シーズンなのと、夏至の日にロウソクの明かりで過ごすキャンドルナイトがあるため、11〜12月に次ぐ忙しさなのだ。色が褪せるから、作り置きはしたくない。残業は必至だ。

 採蜜の仕事も実にハードである。作業は夜明けとともに始まるから、毎朝3時とか3時半には起きて奥山の蜂場に向かう。
 採蜜を早朝から行うのには理由がある。昼間に収穫するハチミツは水分を多く含み薄いのだ。ごくごくと飲めそうな程、さらっとしている。サルビアの赤い花をつまんで蜜を吸えば分かるが、どんな花の蜜も本来は薄いのである。あのどろっとしたハチミツは、働き蜂達が夜通しかけて羽で仰ぎ、口移しで伸ばして、水分を蒸発させた賜物なのだ。日が高くなればなるほど、その薄い蜜が混ざるから、採蜜は午前中の早いうちに終わらせるのが基本なのである。
 私の担当は、巣箱から抜き出した巣板の蜜蓋(みつぶた)切りの作業だ。ハチミツが巣穴に満タンになると、保存のために蝋で蓋がかけられる。これを切り取らないと遠心分離機に入れても蜜は飛び出さない。さらに、巣枠からはみ出た邪魔な巣も切り取る。1枚で2kgの重さの巣板を、毎日およそ30群分200枚以上をこなさなければならない。力のいらないロウソク製造でなまった身体には、大変こたえる仕事だ。毎年最低3kgはスリムになる。
 だが、切り取ったその不用な巣こそが大切な蜜ロウソクの材料となる。昨シーズンに、東北各地の養蜂家から仕入れた蜜蝋が在庫切れとなる頃なので、私にとっても、待ちに待った収穫なのだ。切り取った巣の山を見ると励みになる。
 元気を出すためには、ハチミツガムを時々口に入れている。切り取った蜜蓋のひとかけらを、噛みながら仕事をするのだ。ガムと同じ食感で、味がなくなるまでしばらく楽しむ事ができる。美味しい甘さとともに、ほんわか残るあたたかさに蜂達の体温も感じる。トチやキハダの新蜜の味を、私はこうして確かめるのである。
 トチのハチミツの色にも和まされる。遠心分離機のコックを開けると、あたたかなハチミツが勢い良く飛び出してくるが、そこに太陽の日射しが真横から当たると、きれいな淡いサーモンピンク色が透かし出されるのだ。トチのハチミツ特有の美しさである。私は世界一美しいハチミツだと思っている。これは、ハチミツに溶け込んでいるトチノキの赤オレンジ色の花粉が透かし出されているのだ。しかし、この色は実にはかない。瓶詰めすると、初めは見えているが、いつのまにか消えてしまう。それはきっと蜜蝋の色と同じで、花粉の色があせてしまうからだと思う。これも自然が一時だけ見せてくれる美しい色なのだ。

 ところで、そんな話をすると、よく質問されることがある。「なぜ、トチやキハダの蜜だと言い切れるのか。その季節は他にもたくさんの花が咲いているではないか」と。もちろん100%とは言えないが、ほぼそれらのハチミツだとは言えるのだ。
 理由は幾つかある。なによりトチやキハダが他の植物と比べて、べらぼうに蜜を出すことが上げられる。そして、幸いな事に咲く時期が違うのだ。さらに、働きバチ達はその日に最も流蜜している樹木の位置情報を共有し合い、一斉にターゲットにするのである。
 その情報共有の方法は、尻ふりダンスだ。工房二階の体験ルームには、ガラス張りの観察巣箱を夏の間設置しているが、ダンスはそこで容易に見る事ができる。朝一番の訪花から戻った働きバチ達は、花粉団子を足に付けたまま、お尻を勢い良くブルブル震わせるとグルグルと回ることを何度も繰り返す。これをほかの蜂たちが取り囲んで見て、流蜜(りゅうみつ)している樹木の位置情報を教わるのだ。
 お尻を振っている時の頭の位置が、樹木の方向を伝えている。例えば右斜め上を向いていれば、太陽に向かって右斜めの方向を表している。真下を向いていれば、太陽と180度反対方向。さらに、甲高い羽音の周波数で距離を表しているのだそうだ。
 私は、この尻ふりダンスは、まさにプレゼンテーションなのだと思う。よく見ていると、小さな花粉だんごを付けた蜂は申し訳なさそうにプルプル、クルクルと、弱々しく踊る。まわりの蜂もあまり見ていないようだ。片や大きな花粉を付けた蜂は、もの凄い勢いでブルブル、グルグルと踊っている。実に歓喜に満ちた踊りに見える。まわりの蜂もその回転を追いかけるようにして見ている。こうして働き蜂は、その日に最も流蜜している樹木の位置情報を選び、そこに集中して訪花するのである。
 さらにミツバチは、一つの花を選ぶと、なるべくその花のみを訪れる限定訪花性も持っている。巣は、しだいにべらぼうに流蜜しているトチのハチミツで満たされていくのだ。トチが終わるとキハダが咲き始め、同じようにしてキハダのハチミツで満たされていく。
 踊り終えた働き蜂は、ハチミツと花粉を巣穴に詰めこむと、休むことなくまた飛び立っていく。働き蜂という呼び名は、本来働き者という意味ではなくて、働かないオス蜂に対して働くメス蜂を指したものだと思うのだが、彼らの姿を見ていると、よく働くから働き蜂でも正解だなと素直に思ってしまう。私もがんばろう。

(2013年5月 グリーンパワー7月号(森林文化協会)連載「ハチ蜜の森のともしび」より)




森の中の養蜂場(さくら養蜂園



燻煙器に火をいれる






抜き出した巣の蜂を払う



遠心分離機から流れ出る栃のハチミツ



濾過器を通して一斗缶に(キハダ蜜)





蜜源樹のトチノキ



蜜源樹のキハダ



蜜の貯まった巣をふさいだ蜜蓋(みつぶた)や巣枠からはみ出した無駄巣を切る

 

さくら養蜂園(山形県西村山郡朝日町宮宿1070-5)



撮影協力/管野一葉さん

ハチ蜜の森キャンドル