未来

「電動丸ノコお貸ししますよ」
「いや、いらないんです」

 まだお手製のドームハウスを工房にしていた13年前のこと。隣町に移り住んできたという私より少し年上の男女が、蜜ろうを求めにいらして下さった。興味があっていろいろ尋ねてみると、男性は小林さん、女性は高橋さん。一緒に住んでいるけれど夫婦ではなく、羊を飼ってセーターを作るために山形に来たという。そして2年が経ち、素人ながらも家を自分で建てているとのこと。夫婦でない事も、羊を飼うというのも驚きだったが、さらに家を建てているというのは衝撃的だった。なにしろ私はドームハウス作りで大変な思いをしている。
 さらに驚いたのは、電動丸ノコ(ノコギリ)を使っていないというのだ。もしかして買う余裕がないのかと、使わなくなった私のものを貸そうとしたのだが、使わないことにこだわっていると言うのである。これには少々あきれてしまった。使わないで家を建てるなんて有り得ない。都会人の極端な田舎暮らしへの憧れなのだろうと、失礼だが少々いぶかしく思ってしまった。
 ところが1年後。またいらして下さった時に聞いてみると、無事でき上がって住んでいるというのだ。いぶかしさは敬服の念に変わった。そして、お二人の自給自足な暮らしぶりの話で盛り上がった。
 やがて、手書きのハガキでセーター展のお知らせも届くようになった。建物もセーターも興味があるし、年に一度は蜜ろうを買って下さるお客様である。案内が届くたびに「行かなければ」と思うのだが、忙しい春と秋の開催なのと、高価なセーターを買えずただの冷やかしでは申し訳ないと、たった20分程の距離に足が向かずにいた。そして、そのまま13年も経ってしまっていた。

 今年
いらして下さったのは春一番。たまたま私の友人も居合わせ、また自給自足の話で盛り上がった。そして、友人がどうしても行ってみたいというので、「それならば」と、ついに訪ねてみることになった。
 二週間後。集落の入口で小林さんが待っていて下さった。軽トラックの後をついて走ると、まもなく広く開けた雪の大地に小さな建物が見えてきた。入口で高橋さんが笑顔で迎えて下さり、
私は頭を掻きかき「はじめまして」と、長年の時間の経過を詫びた。
 9坪の小さな建物。居間・寝室・作業場を兼ねた屋内の生活空間は12畳一部屋である。二人暮らしとはいえ随分狭く感じた。ただ、なかなか洒落た作りで、木組みもされており想像以上にしっかりした構造になっている。
 ガリガリ、グルグルとコーヒー豆を挽いて下さる小林さん。パンやケーキを切って下さる高橋さん。目を丸くして部屋の中を眺めている私達に、様々な工夫が為されていることをお話下さった。
 明かりを効率よく取るための高い位置の窓。屋根は断熱を考えた二重構造。北側の冷たい壁も断熱を考え全面の棚収納に。寝床は暖かさが残る中二階。調理もできる薪ストーブ。四方の柱の高い位置には蜜ろうそくを置く台もある。外には、移動組み立て式で大地の肥やしにするトイレ。陶芸のアトリエを兼ねた小さな小屋と、羊小屋と鶏小屋。雪の下には小麦や野菜の畑があるという。
 30分ほど経ち、布フィルターで濾されたコーヒーは持ち手のない清楚な器に入れられ、やっと私達の前に置かれた。口に含むと、濃いのにきつくなく、まろやかで美味しかった。見ると赤みがかった美しい褐色をしていて、なんとなくとろみもあるようにも見えた。もったいなくて少しずついただいた。
 畑で収穫した小麦と天然酵母で作ったというパンも、香り高く、ずっしりと食べた感じのする美味しいものだった。密閉容器で大切に保存している酵母も見せていただいた。不思議なことに、その時の精神状態が酵母にも表れるとのこと。味噌も作るし、薪ストーブの脇ではどぶろくも発酵中だった。
 もちろん足りない食材は買うとのことだったが、毎日草取りした畑で穫れる季節の野菜や、餌にイナゴも捕まえて与えるという鶏の卵は、ずいぶん食生活を支えているとのこと。さらに大切な水も毎朝汲んでくる湧き水。調理道具は電子レンジもオーブンも使わない。パンすらも鍋で焼く。
 衣服は、長く着られる丈夫な綿のものを主にし、リフォームして最後まで着る。収納もわずかで済む。
 テレビはなくラジオを聞く。面白くない時は、短波放送で外国の番組をBGMがわりに聞き、語学力を高めるという。
 最も驚いたことが二つ。この二人はめったに病気をしない。農薬や添加物のない安全な食べ物と発酵食を多く摂っていること、身体を使うことの賜物ではないだろうか。そしてもう一つの驚きは、昨年の大地震の時に、なにも生活は変わらなかったというのだ。納得だった。
 長く使えるものを使い、作れるものは作り、穫れるものは穫る。そんな二人の生活費は月に5万円程。電気代は15A契約でたった1000円程。それで冷蔵庫も使えるという。
 気になる収入について教えて下さった。小林さんがニュージーランドで学んだ羊の飼い方や毛刈りの技により産み出された羊毛は、デザイナーをしていた高橋さんがつむぎ、セーターを手編みする。手織り機で敷物も織る。展示販売は、毎年仕事場で2回、関東で2年に一度。総売上はそんなに多くはない。しかし、生活費も経費もわずかなので、一昨年はヨーロッパ旅行を楽しんできたとのこと。ため息が出た。
 翌朝。おみやげにいただいた小ぶりで殻の堅い鶏の卵を、ご飯にかけて食べてみた。家族一同感嘆の声。濃厚で美味しかった。なんだか、とどめを刺された気持ちになった。
 祖父母を思い出した。
炭焼き、山菜、きのこ、うさぎ・山鳥、ヤマメ、はけご、かんじき、剥製、養蜂、チャボ、山羊、薬草、山水、薪ストーブ、自作の家…。
 一時だったが、私も孫としてそんな生活に参加していた。祖父母の知恵や技は、今でも私の誇りではあるが「遅れた生活」と思っていたことは否めない。だが、あの二人の似ている生活ぶりを見て、憧れる気持ちが湧いてきたように感じている。遅れた生活に戻りたいのではない。あの二人の生活は、あきらかに進んでいるのだ。
 とはいえ、どっぷり経済に踊らされた価値観とお金のかかる子育ての最中である。お金と時間に追われる今の生活から抜け出し、あの二人を真似するのは容易なことではないだろう。
 だが、今の生活をクールに見つめ、電気や灯油をはじめ無駄な消費を1割でも2割でも減らすことはできそうだ。さらに、畑の収穫を増やし森の恵みも得て、いくらかでも自給力をつける。その安心感と手づくりのものに囲まれた幸福感に浸りながら暮らすことはできるのではないか。せっかく田舎に住んでいるのだから。 
 とりかえしのつかない原発事故。治まらない地震。地球温暖化。未来を見つめ今をどう生きるかを思う時、いつも暗い雲に覆われる気持ちになっていたが、ほんのちょっと青空が見えたような気がした。

 

WOOL SHED ウール・シェッド
小林寿彦・高橋陽子 
仕事場展5月(今年は6月)・10月
土曜日午後OPEN(6〜10月)
山形県西置賜郡白鷹町山口4662-4
(問・土曜のみ)TEL 0238-85-6113

(2012年5月 通信「ハチ蜜の森から」No.34より)

 



ハチ蜜の森キャンドル