| 失敗の蜜源の森を訪ねる
登り口になっている廃村集落の観音堂跡で、無事たどりつけることを祈願し登り始めました。しかし、懐かしい風景に安堵したのは束の間、まもなく道はやぶの中に消えていました。
あこがれの昆虫写真家今森光彦さんが、日本中の里山100ヶ所を訪ねるNHKBS-hiの番組「ニッポンの里山」の取材(2010年秋放送予定)で、この森を案内することになったのです。
この森は37年前に、祖父や父が養蜂組合の仲間と蜜源の森を作るために、初めてトチノキやニセアカシヤなどの蜜源樹を100本以上植えたところです。父に教えられ12年前に25年経った森を一度だけ訪ねたことがありました。
蜜源増殖事業は山形県養蜂協会全体の取り組みとして始められたもので、現在も継続して行われており、県内には3万本以上の蜜源樹が植えられました。
当時は、国が進める拡大造林事業により、多くの広葉樹の森が伐り倒されていました。特に、在来蜜源樹No.1の「トチノキ」は、林道が作られる川や沢沿いの湿気った場所に好んで自生しているため、確実に姿を消して行ったのです。子供の私にとっても、山の中に響き渡るチェーンソーの音は、いつもあたりまえに聞こえるものでした。
毎年山形県養蜂協会では、飼育する蜂一群れにつき110円の蜜源増殖費を徴収し、苗や肥料代などに充てています。近頃になり、日本中で蜜源を育てる取り組みがなされ始めましたが、40年も前から続けているのは山形県だけなのです。
しかし40年近くも経てば、ハチミツの収穫も相当多くなったと思われますが、実際はぼちぼちといった感じです。トチノキは花が咲くのに15〜20年。花が咲いても数えられる程度の花数ではミツバチも寄り付きません。50年以上も経てば数えきれない程の花をつけ、ミツバチたちも盛んに訪花するようになるのです。なにしろ業界では「トチノキは一日で一斗缶一本分(20kg)の蜜を出す」と云われています。これからは、いよいよ年を重ねるごとに収穫量が増えることが期待されています。
さて、木を植えるという作業は単純ではありません。実は、今回訪ねた森も失敗だったのです。当時はトチノキとニセアカシヤを植えましたが、ニセアカシヤはほとんどが雪で倒されました。トチノキもチョロチョロと水の流れる所に植えましたが、尾根に近い場所では夏場はかれて水不足となったようなのです。12年前に訪ねた時も、数本残っていたトチノキは、予想以上に幹は細く、樹高も低く、花も数個でした。「10年も下刈りしたけれどくたびれ儲けだった」と、父は亡くなるまで残念がっていました。
しかしその場所は、車を降り苗木をかついで小一時間も登らなければならないのです。12年前、何も持たないのにヒーヒー言いながら登った私には、失敗はともかく、先輩方のその苦労を思いすっかり敬服したのでした。
そんなことを思い出し、取材前の下見に登ってみようと思ったのです。
立ちふさがる薮を前に、少し下っては登り直すことを何度も繰り返しましたが、まったく道は見当りませんでした。12年の月日は、森を別の風景にしていたのです。ついに連打する心臓の鼓動に負け、断念してしまいました。
ここは元々、尾根沿いに大朝日岳まで続く修験者道へ至るための歴史ある山道です。前回訪ねた時は全く苦労せず道を辿ることができました。山菜やきのこを採る人が少なくなったことが、道の消えた原因なのでしょう。祖父も父も亡くなり「もう二度と行けなくなってしまうのでは」と、不安と責任を感じながら、とぼとぼ山道を下りました。
すると、観音堂跡の近くで山菜を採っている方を見つけました。
「杉林の端を右へ回り込むように行ってみろ」年輩の元住民の方でした。まさに観音様のお導きだったのかも知れません。新たに杖がわりに拾った木の枝も妙にしっかり手のひらになじみました。「行ける」ことを確信したような気分になりました。
言われるままに薮の中に潜り込み杉林に向かって斜面を上がると、ついに道は見つかりました。その後も数カ所で迷いましたが、なんとか植林した森の入口までたどりつくことができました。
一週間後、取材陣を連れ、いよいよ植林した森に入ってみました。やはり数本残るトチノキは、どれも背が低く他の雑木に負けていました。ニセアカシヤも数えられる程しか見当たりません。
チョロチョロの流れの上流に、二本密集して花をたくさんつけたトチノキを見つけました。きっと12年前にも見つけたものです。根本をよく見ると、二本ではなく同じ樹の枝分かれの部分までが埋もれていてそう見えたのでした。本来の太い幹は、ちょうど「し」の字の先のように、土に埋もれているのです。雪溶け時に引っ張られては倒されることを毎年繰り返し、このような形になったのでしょう。平地に植えたものと比べれば、樹齢の割に小さな樹ですが、たくましく着実に育っていることを感じほっとしました。
撮影後には、枝に引っかかっていた大きな枯れ枝をみんなで苦労して取り払いました。微力ながら当時の植林活動に協力したようで妙な嬉しさがこみ上げてきました。
失敗の蜜源の森とはいえ、私には大切な先輩養蜂家の志を表す象徴の森です。これからも道をなくさないように訪ねて見守って行こうと思っています。
(2010年7月 情報サイト「情報屋台」掲載) 情報屋台
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