朝日町エコミュージアムとハチ蜜の森キャンドル
「卒業したら必ず出て行く。ここに住んでいるだけでばかにされるから」
以前、うちでアルバイトしてくれていた専門学校生がふと漏らした言葉である。
自然や田舎暮らしがちやほやされる時代とは言え、
あいかわらず町場の生活と山村の生活の価値観の天秤は、
吊り合ってはいないような気がする。
私自身も、若い時にまったく同じ悩みを抱えていた。
日本中が、新しいもの、便利なもの、より都会的なものを追い求めた高度経済成長時代。
山村に限ったことではないだろうが、そんな時代が本当は大切だった地域の知恵や技や自然環境といった個性、そして誇りを捨てさせてきたのではないか。
人口減少、高齢化、花嫁不足、農業離れ、観光の不振といった地方の抱える諸問題には、そんな時代背景が大きく作用し ているのだと思う。
23才の時、私は幸いなことに、自分の価値観を取り戻すことができた。
それは、どうしてもという知人を渓流づりに案内した時のこと。
遊びとして山に入るのは8年ぶり。
私は、山と山に挟まれた川原でどういうわけか樹木のざわめきや川の音がどんどん自分に迫ってくるような気がして、少し怖いような気持ちに陥ったのだ。
だが、しばらくすると、川で泳いだこと、ヤマメやカジカを捕まえ流木で焼いて食べたこと、じいさんに教わった釣りのことなど、
子供の頃の懐かしい思い出が蘇ってきて、いつのまに か川原は、
あったかくて居心地のいい場所に変わっていた。
その時、本当の自分は都会的なものではなく、ここの生活を望んでいたんだと気づくことができたのである。
自然に目覚めたのではなく、自然が自分の素直な気持ちを引き出してくれたのである。
とてもありがたい体験だった。13年前の話になる。
それからの私は、人が変わったように自分の町や自然にのめり込んでいった。
自然や農村風景の美しさが見えるようになった。
きのこの鑑定をしてくれた祖母をはじめて尊敬できた。
山暮らしの知恵袋だった祖父を亡くしたことがとても残念に思えた。
それから山のことは、祖母や両親が先生になった。
家業の養蜂もとても誇らしく思えるようになった。
大嫌いな朝 日町がちょっとの間に大好きな町に変わってしまったのである。
実に単純だが、町のことを好きになったとたん、
大切にしたい、良くしたい、関わりたい、知りたいなど町に対する様々な欲求が生まれきた。
そして、そんな大好きなこの町を自分らしく表現したい欲求に駆られ、蜜ローソクが生まれたのである。
現在、私の住む朝日町では、『エコミュージアムの町作り』に懸命に取り組んでいる。
エコミュージアムとは、もともとフランスで生まれた村おこしの手法で、自然環境、文化、生活、産業など地域全体を、
地域住民のための博物館のようにとらえ、自分たちでもう一度足元を見つめ直してみようという取り組みである。
見つけ出した地域ならではの豊かさの蓄積が、地域らしさや住民の積極性を生み出し、町の活性化に寄与すると考えている。
エコミ ュージアムには、地域を学び知るためのいろいろな仕組みがあるが、私の経営するビーズファームは、地域資源を紹介するサテライト博物館の一つとして、10年程前から協力している。
この辺りの森には、トチやキハダなどの蜜源樹が多く自生しており、日本でも屈指の養蜂の場になっている。
次男の私は、父のもと養蜂を学んだ後独立し、日本では初めての蜜ローソク製造の仕事を始めた。
蜜ローソクは、養蜂で巣枠外などに作られてしまった不要なミツバチの巣が原料。
蜜ローソク製造は、そんな地域ならではの養蜂業の副産物を利用した地域ならではの職業といえる。
初めは手探りだったサテライトの整備や活動は、近頃だいぶ形になってきた。
まず、仕事場の『蜜ローソク工房』は、ミツバチの巣や、蜜ろうのかたまり、道具、そして仕事ぶりを入口から見学することができる。
工房の二階 は、誰でも申し込んでいただければ蜜ローソク作りを楽しめる『体験ルーム』になっている。週末は親子連れで賑わう。
元の仕事場だった別棟の建物は、養蜂業の営みや蜜ローソクのことを詳しく紹介するための、小さな博物館 『ハチミツの森ミュージアム』として公開している。
内部には、養蜂の道具 や写真、クイズBOX、標本など手作りの展示がしてある。扉を開けると、ガラス越しにミツバチの生活を覗くことができる観察巣箱も設置してあり、 大抵の人はここで長い時間観察してしまうことになる。また、スライド映写 を行ったり、ミツバチの巣を使ってのレクチャーの場にもなる。
車で五分の所には、父の経営する養蜂場の一つ『白倉蜂場』があり、春から秋にかけて 三十箱程のミツバチを飼育している。
ここはネットを頭からかぶってのミツバチ観察会の会場になる。
蜜ローソクの原料の無駄巣、巣のしくみ、女王蜂、幼虫、成蜂の誕生、蜜のありかを仲間に知らせる尻ふりダンス、蓄えられて いるハチミツや花粉など、巣箱の中は感動でいっぱいだ。
すぐ近くの『立木小学校』には、地域の先生として関わらせていただいている。
毎年、校庭でミツバチを飼育し、ハチミツを収穫している。
3年に一度の割合で、年間を通して養蜂の仕事を学んでくれている。
『ハチミツの森体験講座』は、月に一、二度主催したり、申し込みのあった団体を受け入れたり、出張して開いたりしている。
ミツバチ観察会、蜜ローソク作り、ハチミツしぼり、ハチミツの森案内、スライド映写、蜜ろうを楽しむ会など、季節と時間、参加者に合わせた内容をプログラムしている。
また、町内のミツバチ飼育者から話を聞き取りし、まとめたガイドブック『みつばち』は、詳しく知りたい人や学校の環境学習に活用されている。
これは私自身、知らなかった時代のことをたくさんお聞きして、とても勉強になった。
他にも年三回、蜜ろうや養蜂に関わること、活動報告や案内などを書いた機関紙『ハチ蜜の森から』を発行している。
エコミュージアムになぞらえると、私にとってあの川原は、子供の頃ひとつの魅力を体験できたサテライト(資源)であり、
それを思い出すことにより自分の価値観を取り戻せたサテライトといえる。
祖母や両親の知恵や家業の養蜂、自然環境も、その後の私の生活に多くのメリットをもたらしてくれたサテライトであり、これからももたらしてくれるサテライトと言える。
エコミュージアムは、そんな隠れた町の資源を掘り起こして町を学び、活用するための総合システムのようなもの。
ビーズファームのサテライト活動はそれらのほんの一助にすぎない。
エコミュージアムそのものもどれだけ住民に寄与するようになるかは、まだまだ未知の分野だが、せめて朝日町の子供たちが大人になった時、どこにいても自分の町を財産としていつでも心の中にしまっておいてもらえるようになって欲しいと願っている。
実は一つだけ、確かな手ごたえを感じていることがある。それは、立木小学校の子供たちが、度々仕事場に遊びにやって来ること。遠くにいても手を振って挨拶をしてくれる。高校生や社会人になった卒業生も立ち寄ってくれる。
仕事を手伝ってくれたり、川から採ってきたヤマメやカジカを「安藤さんは忙しいだろうから」と、おすそ分けしてくれる。
それが私にとってなによりの嬉しい財産なのである。
(食農教育No.8掲載 2000年5月 農文協発行)