かぼちゃと蜜ローソクで森の精小人の村作り
『かぼちゃと蜜ローソクで森の精小人の村作り』。ちょっと大げさなタイトルがついたこの小さなイベントは、紅葉が盛りの十月末に毎年開いている。前に紹介させていただいた「スノーランタンコンテスト」同様、蜜ろうの灯りの魅力を感じていただくための企画の一つだ。その晩は大げさでなく、みんなが確かにうなづいてしまう小人の村が、紅葉の雑木林にでき上がる。
〔 小人の家の製作 〕
まずいつもどおりに、蜜ろうについてのレクチャーを、ミツバチの巣で実験したりスライド映写で行う。蜜ろうの原料は、養蜂で巣枠外に作られた不用なミツバチの巣が原料であり、その巣はミツバチがハチミツを食べて体で作り出す。そして、そのハチミツはトチノキを初めとする森のたくさんの蜜源樹からミツバチが収穫してくる。元をたどれば、蜜ろうはミツバチを介して生まれた“森のともしび”といえるのだ。
そしてかぼちゃのくり抜きが始まる。かぼちゃでキャンドルランタンを作るのである。これは案外楽しい作業で、子供も大人もワイワイとても楽しそうだ。かぼちゃは、横長のものはローソクが入らないので、縦長のものを選んでいる。この辺りでは「姫かぼちゃ」と呼ばれるものが最適だ。それに、これがなかなか美味しい。
丸くて固いかぼちゃを繰り抜くための道具は、いろんなものを試して、ついに最適な道具を見つけることができた。それは、じゃがいもの芽をえぐり取る道具だ。柄の先に小さなおわん型の歯が付いていて、これが実に気持ちよく、クルンクルンと球状にかぼちゃを簡単に掘ることができるのだ。これは調理器具店で簡単に手に入るのでお薦めである。あとは、下絵を描く鉛筆、窓やドアの直線を切るナイフ、丸窓を空ける人用のコンパスなどがあれば充分である。それと絶対忘れてならないものにカットバンがあった。
掘り込むデザインは、季節が季節だけにハロウィンの顔を考える人もいるが、この日だけは勘弁してもらっている。なにしろ小人の村のイメージがまるで違うものになってしまうからだ。窓は、三角や丸、三日月型など様々な形がそれぞれの好みで彫り込まれる。映画のもののけ姫に登場する妖精「こだま」の顔型や、実にていねいな格子窓も現れた。入口のドアが開閉するものまである。作品を鑑賞するだけでも、いつもとても楽しい。最後に、くりぬいた内側の底の所を蜜ローソクの台座用にちょっと掘って凹ませれば小人の家の完成である。くり抜いたかぼちゃは捨てずに、大きな鍋でとろとろに煮込んでおく。これが後で、大活躍するのだ。
次に、かぼちゃ用の蜜ローソク作りに取り組んでいただく。これは、かぼちゃの大きさによっても違うが、長いと炎がぶつかってしまうので、直径も高さも3センチ程のものがちょうどいいようだ。家に持ち帰って灯す時のスペアも含めて、数個作っていただく。作り方は、蜜ろうの板をお湯で温めて柔らかくし、粘土のように手の平でコロコロ丸め、芯糸を通すだけの簡単な方法。これで準備は万全である。
ここまで約二時間半から三時間。固いかぼちゃを相手に、なかには疲れてしまう子供もいるが、頑張った分だけ灯した時の感動は大きいから、みんなで励ましながら何とか作り上げてもらう。
〔 小人の村出現 〕
いよいよ待ちに待った点灯会だ。会場はスノーランタンコンテストと同じブナやミズナラのゆるい傾斜のある雑木林。みんなで一番いい場所を決めて、かぼちゃの家を村のように配置していく。一見、へんてこなかぼちゃの家が、木の根元や、幼木の葉の下、下草の間などに置くと、本当に小人の住む家に見えてくるから面白い。これがまず第一番目の楽しみ。昼間の小人の村のでき上がりである。子供たちはすぐに、「このおうちの小人は三人親子」とか「名前は○○○」など、想像をふくらまし物語を語り始める。その世界にすぐに入り込める子供たちをなんともうらやましく思ってしまう。
配置が終わる頃には、だんだん日が沈み薄暗くなり始めるので、ついに点灯を始める。それぞれのかぼちゃの家の窓から、きれいなオレンジ色の明かりがこぼれ、夕暮れの小人の村ができ上がる。「きれいだね」と口々第一声。これが第二の楽しみである。
ところで、このあたりまで来ると、みんな休まず頑張ったことと、夕暮れの肌寒さとで、身も心も緊張気味になる。そこで、ホットドリンクのサービスを始める。メニューは、さっき煮込んでおいたかぼちゃに、牛乳とたっぷりのハチミツでさらに煮込んだ熱々の甘くて美味しいパンプキンミルク。「嬉しい」「ほっとする」と、とても喜んでいただく。お代わりの連続で、あっという間に無くなってしまう程の人気だ。これが三番目の楽しみである。
パンプキンミルクをフーフーすすりながら、暗くなるにつれ変わる小人の村の様子をみんなで見守る。子供たちも食いいるように見ている。しだいに、かぼちゃからこぼれた明かりが、下草や幼木の赤や黄色に染まった葉を、まるでステンドグラスのようにきれいに透かし出し始める。すっかり暗くなると、葉っぱはもちろん、木の根元の木肌や苔までも赤く照らし出され、暗い雑木林のそこだけ、まさに幻想の世界がふわっと浮き上がる。そっとのぞき込めば、夜を待ち望んだ小人達がワイワイと賑やかに出てきそうな、そんな真夜中の小人の村の完成である。「本当にきれいだね」「本当に小人の村みたいだ」かぼちゃと蜜ろうと雑木林の芸術作品を、みんなで作り上げた喜びも加わり、みんなからため息に近い感嘆の言葉がこぼれる。
〔田舎の財産)
その時の私は、おそらくとても自慢げだったはずである。それは本当に、この町や自然のこと、自分の仕事のことを、改めて誇らしく思える瞬間だから。私は、こんなすてきなことを、この町で、しかも私の仕事でやれた喜びでいっぱいになる。そして、この朝日町らしさを益々愛おしく思う。きっとそんな思いは、参加下さった皆さんにも、持っていただけたのではないだろうか。もしそうならばそれは、自然や町や私にとって、とてもありがたくてかけがえのない財産になる。高度成長時代、時代に知恵や誇りを捨てさせられ続けてきた田舎が、今再生できるのは内外の人が持って下さるそのあったかい思いだと、私はつくづく感じている。
〔 エピローグ 〕
やがて、雑木林に焼きかぼちゃの香りが漂い始め、みんな夕飯が恋しくなると、申し合わせたように「森の精小人の村作り」は終了する。家に帰って庭先などで灯されることを勧めるが、残念ながら、二、三日するともうしわしわになってしまう。実にはかない小人の家である。
そういえば、私は忙しくしていて聞くことができなかったが、あの子供たちの物語はいったいどこまで広がっていただろうか。今度は、最後まで聞き耳を立てていよう。
(食農教育No.6 掲載 1999年11月 農文協発行)